大阪地方裁判所 昭和43年(わ)1323号 判決
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〔判決理由〕(罪となるべき事実)
本件公訴事実の要旨は、「被告人は自動車運転の業務に従事している者であるところ、第一、昭和四二年八月二〇日午後四時五分頃、普通乗用自動車を運転し、岸和田市八幡町国道二六号線を北進中、同町六番六五号先の交通整理の行われている交差点手前に差しかかつた際、進路上に信号待ちのため停車中の寄本量運転の普通乗用自動車及びその後方約三メートルの地点に停車中の森本豊運転の普通貨物自動車を認めたが、無謀にも道路中心線の右側へ出た上、右両車輛間に割込もうとして制動、転把の操作を誤つた過失により、自車左前部を右寄本運転車輛の右後部に追突させ、同車をしてその前方に停車中の車輛後部に衝突させ、これらの衝撃により、右寄本に加療約三週間を要する頸椎捻挫の傷害を、同人運転車輛の同乗者和田豊助に加療約一週間を要する項部鞭打ち症候郡の傷害をそれぞれ負わせ、第二、前同日時頃、前記自動車を運転し、同市磯の上町五七の三番地先国道二六号線を時速約六〇キロメートルで北進中、進路前方を同方向に進行中の自動車を追越すに際し、前方の安全を確認することなく漫然同一速度で道路中心線を超えて追越しを開始した週失により、道路中心線の右側に出て初めて反対方向から進行して来る八木正弘運転の大型貨物自動車を前方約五四メートルに認め、危険を感じて急制動の措置をとつたが及ばず、同車前部に自車前部を衝突させ、よつて、自車の同乗者木倉正喜を同日午後四時二七分頃同市加守町三〇番地岸和田市民病院において右肺損傷により死亡するに至らせ、第三、第一記載の日時、場所において、第一記載の交通事故を起したのに、(一)直ちに負傷者を救護する等法令の定める必要な措置を講ぜず、(二)その事故発生の日時、場所等法令の定める必要な事項を直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつたものである。」というのであり、右公訴事実に対し、被告人は本件事故の衝撃により記憶を喪失し、本件事故当時のことは全く記憶がない旨主張し、弁護人は、本件事故当時被告人の車(以下加害車輛と略称する)を運転していたのは被告人であるか、それとも木倉正喜であるかが不明であるから、本件につき被告人は無罪である旨主張する。
そこで検討するに、被告人は本件事故当日兄の所有である加害車輛を借受け、友人である前記木倉正喜と共に肩書本籍地付近の実家に遊びに出掛け、その帰途本件事故が発生したものであることは本件証拠上明らかであるが、被告人の当公判廷における供述によれば、被告人は、本件事故以前にも二、三回右木倉を実家に連れて行つたことがあり、その際、同人の要求により時々同人に加害車輛を運転させていたことが認められるので、本件事故当時においても右木倉が加害車輛を運転していた可能性は否定できない。この点につき、被告人は、検察官に対する供述調書中において、「本件事故当時私が車を運転していたのに間違いないと思う。」旨一応自白しているが、反面、被告人は右供述調書中において、「右の点についても記憶にない。」旨述べており、被告人が本件事故の衝撃により当時の記憶を失つていることは本件証拠上疑いの余地がないから、右自白は殆んど証拠価値のない自白に外ならず、他に本件事故当時被告人が加害車輛を運転していたと認めるべき直接の証拠は存しない。そこで、この点の判断は結局間接証拠の検討に頼らざるを得ないので、以下この点の間接証拠につき検討を加えることとする。
(一) 本件事故直後被告人らが救助された際の状況について
本件事故直後被告人らの救助に当つた八木政弘はこの点につき、「加害車輛の助手席側の扉はもぎとられていて、同じ格好の男二人が上半身が重なり合うような状態で車内に倒れており、肩から上位が車の左横の方へ出ていた。そのうちの一人を車外へ出した。被告人の方が左側にいて被告人の方を先に出したような気がする。」旨証言しており、本件事故直後救助にかけつけた警察官松下一雄は、「自分がかけつけたときは既に一人は道路上に寝かされており、他の一人は顔面が血だらけで、体半分位が車外に出ていたのを救助した。」旨証言している。ところで、本件証拠によれば、前記木倉は出血しておらず、被告人のみが外傷により出血していたものと認められるから、このことと右証言を合せ考えると、最初に車外に出されたのが木倉であり、後に救助されたのが被告人であることは明らかであるが、右両証人の証言を以てしては、被告人及び木倉のうちどちらが運転席に座つていたかは確認し得ない。八木証人は、「被告人が左側にいて被告人の方を先に出したような気がする。」旨証言しているが、先に車外に出されたのが被告人ではなく木倉であることは前記のとおりであり、「被告人が左側にいた。」旨の八木証人の証言も明確な記憶に基づくものではなく、単なる勘に基づく証言にすぎないことは同人の証言自体に照らして明白である。勿論、一般的な経験則からいえば、左側の助手席にいた者が先に救助される筈であるということも肯けるが、本件においては、被告人と木倉は折り重なるように倒れていたのであり、運転席にいた者は当然上側に重なつていたと考えられ、車外に引出す順序としては、上側の者を先に引出す筈だという経験則も考えられる。しかのみならず、八木証人は、「二人のうち一人は大分外に出ていた。」旨証言しているが、この証言は松下証人が「自分がかけつけたとき車内にいた人は体半分位外に出ていた。」旨証言しているのと符合し、この点からすれば、むしろ被告人の方が助手席に座つていた蓋然性が大きい。結局、右両証人の証言のみからは被告人が運転席に座つていたことを確認することはできない。
(二) 被告人及び木倉の負傷の状況
本件証拠によれば、被告人は本件事故の際左背部切創、左増帽筋及び三角筋断裂、左背部肋骨部切創等の重傷を負つたが、負傷の部位は身体の左側だけである。若し被告人が運転席に座つていたとするならば、本件事故の際被告人は先ず左横にいる木倉の身体に左半身をぶつけた筈であり(本件事故の衝撃は加害車輛の左側から加つたものと推認されるから)、そうだとすれば、被告人は右のように身体の左側に重傷を負う筈はなく、むしろ、被告人は助手席に座つていて、車体左側部にぶつかり、そのために身体の左側部に重傷を負つたものと推測するのが合理的である。又、木倉は本件事故の際右肺損傷を負つたのみで、他に傷害を受けていないが、このことは同人が助手席に座つていたのではなく、運転席に座つていて、ハンドルで右肺を強打したことを推測させる。
(三) 前記公訴事実第三のひき逃げの理由について
本件加害者は前記公訴事実第一の事故を惹起しながらそのまま逃走し、逃走中第二の事故を惹起したのであるが、自動車の普通免許を有する被告人がそれ程大事故でもない第一の事故を起して逃走したと考えるよりは、むしろ、自動車の軽免許しか持たない木倉が事故を起し、無免許運転の発覚をおそれて逃走したと考える方がより蓋然性が高い。
以上の説示によれば、本件事故当時加害車輛を運転していたのは被告人ではなく木倉ではないかとの疑いがあり、被告人が加害車輛を運転していたとの確定的心証は得られない。してみると、前記公訴事実第一の事実及び第三の(一)(二)の事実は勿論、これに接着して発生した第二の事実も犯罪の証明がないことに帰する。(角敬)